前歯のインプラント(1)の項では上顎側切歯の症例を紹介しました。しかし、上顎前歯でも中切歯と側切歯では全く難しさが違います。もともと、自分の歯牙の場合でも側切歯は大きさも配置も左右対象で無い場合が多いのです。また歯牙の位置については、側切歯は中切歯や犬歯に比べて舌側、つまり内側に位置していることが一般的です。そして、歯根部の骨の膨らみも中切歯と犬歯に対して凹んでいるのが一般的です。
歯間乳頭については、遠心側は側切歯を中切歯の舌側(内側)に少しズラして位置させれば、中切歯と側切歯の間の歯間乳頭の頂点の高さが低くても、違和感なく、自然に見えて問題はありません。
つまり、ズラして配列することは出来ません。その結果、反対の中切歯との間の歯間乳頭の高さが低くなってしまうので、歯の接触点の下に、歯間乳頭歯肉が存在しないブラックトライアングルができてしまう場合が多くなります。それを視覚的に隠す為には中切歯隣接面形態を点から面に変更し、歯冠部の形態も天然歯に比べて長くて四角の歯を作るということが一般的です。ところが、結果、微笑んだ時に歯間乳頭部歯肉が口元に覗かず、どこか不自然な笑顔になってしまいます。
人の歯は顎骨の歯槽突起に埋まっています。しかし、前歯部においては歯槽突起の表面に張り付いているというのが実態です。歯を抜いてしまうと歯の根が埋まっていた空間は周囲からの骨が伸びてきて歯根部の陥凹を埋めるというよりは、歯根部を包んでいた歯槽突起の外側(唇側)は無くなってしまい、内側(舌側)の骨だけが残るという状態になります。また、歯槽突起の高さも低くなり、結果、外側(唇側)だけで無く、元々は存在していた両隣歯との間の歯間乳頭も下がってしまうのです。
これを防ぐ為に最も確実な方法は抜歯と同時にインプラントを埋入し、インプラントの外側には非吸収性の骨補填材を入れるということです。
しかし、抜歯する歯牙が破折や歯根嚢胞などの感染性の炎症が強い場合は、先に抜歯を行い、感染が収束し創が治癒した後にGBRで骨を造り、骨が出来た後にインプラントを埋入することになります。
唇と歯の付け根の歯肉の位置(歯頚ライン)ですが、初診時において右上中切歯の歯頚ラインは上方に下がって(写真的には上方に)います。また、側切歯との間の歯間乳頭の高さは反対側の左側に比べて低い(写真的には上方に)位置しています。
この歯頚ラインと歯間乳頭の歯肉の位置を左側と同じ位置に設定する方法としては、歯根破折をおこしている右上中切歯の歯冠部を除去した後、残っている折れた歯根の抜歯をする前にゴムやスプリングを使用して矯正的に挺出させるということを行います。そうすると、下がって(写真的には上方に位置している)しまった歯肉の位置を上げる(写真的には下方に位置させる)ことが出来ます。
しかし、今回は両隣の歯牙は触らないという条件があった為、インプラント手術前の歯牙の挺出は見送りました。
手術の前に歯槽骨の状態をCTデータから製作した3Dモデルを使って確認します。
模型では唇側(外側)の歯槽骨が骨頂部から吸収していることが分かります。また、根尖部付近まで歯槽骨は薄くなって穴が開いていることが確認できます。しかし、骨補填材の維持は出来そうです。
そこでこの症例では抜歯と同時にインプラント埋入と骨補填材の設置を同時に行う計画を立てました。最初の重要なポイントは既存の骨を出来る限り痛めないように歯を抜歯することにあります。次に感染した肉芽組織を出来る限り完全に除去すること、インプラントを適正な位置に埋入すること。そして骨補填材が感染しないように完全に歯肉で封鎖することが長期的に結果の良いインプラント治療を達成する為に重要なポイントです。
抜歯ですが脱離したクラウンの土台であるメタルポストが太かった為、残った歯根は薄く、ペラペラの状態です。このペラペラな歯根を通常のヘーベルでこじると、歯根が上部で割れてしまい、残った歯根を取り出す為にはかなりの骨削除が必要になります。それを避ける為には、予めメスで歯根膜を切断した後、薄い刃のピエゾサージェリーを深部に入れて歯根膜を切断します。
ヘーベルは力をかけて歯根をこじるのでは無く、そっと入れて、そっと動かすだけで、歯根は割れること無く、一塊にして抜けてきます。
抜歯窩は残った唇側の薄い歯槽骨を損傷しないように気をつけながら、内部の不良肉芽を除去します。(写真はミラー像の為、反転されて見えています)
インプラントを埋める為に骨にドリルで穴を開けます。その位置は当初歯根があった位置より舌側(内側)になります。また、その起始点は抜歯した穴の内部の斜面である為、ドリルが滑らないように注意します。
インプラントの埋入ポジションが適正なのかどうか、各ドリルステップで方向指示棒を挿入し、いろいろな方向から位置を確認しながらドリルの径を最終ドリルまで進めていきます。
インプラントの埋入が終了しました。インプラントの唇側(外側)には骨補填材が入るだけの十分なスペースが残されています。また、この時点でのインプラントのプラットフォームの位置は、最終的な唇側(外側)の骨縁より3mm下に設定します。つまり、隣接面の骨縁からは5mm深い位置になります。これは、歯槽骨の断面形状が大臼歯部とは大きく異なるからです。このことを理解していないと後に骨が吸収して、アバットメントやインプラントが口腔内に露出することになりますので非常に重要なポイントです。
インプラントにはカバースクリューを装着した後、血餅に浸漬させた骨補填材をインプラント体と唇側歯槽骨の間に詰めていき、最終的にはカバースクリューも骨補填材で覆います。
今度は、創を閉じる為に、口蓋の臼歯部から切り取った歯肉を縫合して閉鎖します。
歯肉を切り取った口蓋の穴は、CGFと言って、血液を遠心分離して作った血小板の凝塊を縫い付けて封鎖します。インプラント埋入窩は歯肉を移植しなくてもコラーゲン膜やCGFで封鎖できます。しかし、この時に歯肉移植をしておくと両側の歯間乳頭部歯肉が抜歯窩に倒れ込んで無くなってしまうことを防ぐことができます。また、インプラントの上部に厚い歯肉ができますので、2次手術の時にインプラント上部の歯肉をロールテクニックと言って、インプラントの唇側(外側)に折り込むことによって、骨の吸収を厚い歯肉で補うことができるからです。
上顎中切歯部におけるインプラント治療の最大のリスクは反対側の上顎中切歯と左右対象に仕上げることです。そして、その状態を長期にわたり維持することです。これは非常に難しいことで、よほどの実力がある先生しかできません。先ずは、戦略というか作戦が重要ですし、全てのステップを完璧に行う必要があります。
副作用は、いくら手術が完璧でも見た目が左右対象にならない場合があるということです。特に、喫煙者や糖尿病患者は抹消の血行が悪く、大きなリスクとなります。
骨移植を伴う抜歯即時埋入の費用は82.5万円