吉岡歯科医院
治療例から学ぶ

咬合崩壊をおこした症例(1)

歯科治療に強い恐怖感があり通院をこまねいている内に、咬合崩壊をおこした症例

患者さんは40歳代の女性ですが、10年ほど前に歯のグラつきを感じ、歯科医院を受診したところ、歯周病が進行しているとのことが分かり、多くの歯を抜歯することとなりました。抜歯後は動揺がある全ての残存歯牙を樹脂による固定を行われたました。しかし、その後、歯科医院に行くことが怖くなり、治療を中断したところ、樹脂に歯石や汚れがついて、現在のような状態になってしまったようです。レントゲン写真で確認すると、ほとんどの歯牙は保存不可能なので、上下顎をAll-on-4で再建することを考えました。

治療計画の概要ですが、従来からのスタンダードな治療方針は口腔内清掃のトレーニングをして歯周組織の炎症を抑えてから歯牙を抜歯し、そして数ヶ月間軟組織の治癒を待った後、骨がほとんど無い上顎洞部にサイナスリフトと呼ばれる骨造成手術を行い、半年待ってからインプラントを埋入します。そして半年程度経過し、インプラントがオッセオインテグレーションと呼ばれる骨結合を獲得してから二次手術を行い、インプラントにアバットメントを装着し、固定式の仮歯を作るという工程です。つまり、固定式の仮歯が出来るまで、抜歯から1年半以上かかるというものです。しかし、歯科治療が怖くて歯科医院に通えないような人が、長期間に渡り、何度も手術を受けることは非常に困難です。そこで、私はサイナスリフトなどの骨移植をすることは止めて、たった一日で抜歯からインプラント埋入、固定式の仮歯の装着まで行う、All-on-4を選択しました。

当院におけるAll-on-4の大まかな治療の流れ

治療前正面観治療前正面観
治療前上顎咬合面観
治療前上顎咬合面観
治療前下顎咬合面観
治療前下顎咬合面観

治療前正面観治療前正面観
治療前上顎咬合面観治療前上顎咬合面観
治療前下顎咬合面観治療前下顎咬合面観

この症例においての一番の問題点は、患者さんが歯科治療に対して強い恐怖感を持っていることです。通常のインプラントの治療手順では手術回数が多く、治療期間も長くなる為、治療期間中に恐怖から手術や治療を中断してしまう可能性があります。この患者さんの手術では恐怖感に対しては静脈内鎮静を用いて、恐怖感を感じ無い状態で手術を行いました。

インプラント埋入手術は抜歯も含め、上下顎の全てのインプラント埋入を、たった一度の手術で完了することが出来ました。インプラント埋入手術中は静脈内鎮静が効いていて、患者さん本人は意識がボーッとして恐怖感を感じない状態で、1時間30分程度で終了することができました。そして、インプラント埋入手術は午前中に行い、午後からは仮歯の装着を行いました。午後4時の治療終了時には動かない、自然な外観の仮歯を装着出来ました。インプラント手術当日に、見た目の良い仮歯が装着された状態で帰宅することが出来た訳です。

パノラマレントゲン写真
レントゲン写真

All-on-4のメリット

またAll-on-4では使用するインプラントの選択が重要になります。All-on-4を提唱したパウロ・マロが開発したノーベルスピーディーはインプラントの先端部を鼻腔底などの皮質骨に食い込ませて初期固定を得る構造です。しかし、この症例においてはどこの部位においても骨質が極端に悪いのです。本来であればインプラントの先端部が食い込んで強固な固定源となる硬くて厚い鼻腔底の皮質骨が存在しません。もし、ノーベルスピーディーインプラントを用いるのであれば手術侵襲が大きく、術後合併症が起きる確率が高いザイゴマインプラントを使用する必要が出てきます。

そんな訳で、この症例ではZIMMER-BIOMET社のテーパーインプラントを使用しました。
このインプラントはインプラントボディー全体で初期固定を得ることが可能です。私の医院では症例に応じて複数のプレミアムインプラントメーカーの複数のインプラントシステムの在庫を多数準備していています。その異なったタイプのインプラントを骨の状態に合わせて、使い分けているのですプロのレーサーはサーキットの路面温度や様々な条件に合わせてタイヤを選びます。厳密に言うと、オールマイティーなインプラントという物は存在しません。

All-on-4が可能な条件

All-on-4が可能な条件としては上顎では
  • 後方の傾斜埋入するインプラントのプラットフォームの位置が第1大臼歯の部位に設定できるかどうか?
  • 後方インプラントは標準の太さで長さが16mm以上のインプラントを埋め、初期固定を得ることができるかどうか?
  • 前歯部には11mm以上のインプラントを埋め、初期固定を得ることができるかどうか?

が最低ラインの条件となります。

また、下顎では
  • オトガイ間に11mm以上のインプラントを4本以上埋め、初期固定を得ることができるかどうか?

が最低ラインの条件となります。

治療の進め方

3Dプリンタで作成骨モデル

先ずはAll-on-4のインプラント治療設計をコンピュータ上で行います。シムプラントなどのインプラントシュミレーションソフトを用いると骨量や骨質や骨内部の構造が分かります。その結果下顎は骨量や骨質や骨内部の構造に問題は無く、どのメーカーのインプラントを使用してもAll-on-4は問題無く可能であると判断しました。ところが上顎においては骨量や骨質や骨内部の構造の全ての条件が悪く、一日で動かない仮歯を作るAll-on-4は難しいと予想されましたので3Dプリンタで骨モデルを作成することにしました。

この患者さんは、インプラントを埋めることの出来る骨が極端に少ないので、行き当たりばったりの経験や勘に頼った手術では成功しません。術前に綿密な計画と準備が必要です。その上に手術は非常に高度な技術と経験を要求されます。そこで、術前に当院の所有する石膏系3Dプリンタで患者さん本人の顎骨形態を再現した顎骨模型を複数作成し、本番の手術前に模型を相手にコンピュータでシュミレーションした位置にドリリング手術を3回行いました。複数回のモデルサージェリーを行うことにより、顎の3D形態は完全に暗記することができます。本番の手術ではコンピュータガイドステントを使用しましたので、誤術前シュミレーション通りの、ほとんどズレや誤差のない結果を得ることができました。

All-on-4では使用するインプラントの選択が重要

またAll-on-4では使用するインプラントの選択が重要になります。All-on-4を提唱したパウロ・マロが開発したノーベルスピーディーはインプラントの先端部を鼻腔底などの皮質骨に食い込ませて初期固定を得る構造です。しかし、この症例においてはどこの部位においても骨質が極端に悪いのです。本来であればインプラントの先端部が食い込んで強固な固定源となる硬くて厚い鼻腔底の皮質骨が存在しません。もし、ノーベルスピーディーインプラントを用いるのであれば手術侵襲が大きく、術後合併症が起きる確率が高いザイゴマインプラントを使用する必要が出てきます。

そんな訳で、この症例ではZIMMER-BIOMET社のテーパーインプラントを使用しました。
このインプラントはインプラントボディー全体で初期固定を得ることが可能です。私の医院では症例に応じて複数のプレミアムインプラントメーカーの複数のインプラントシステムの在庫を多数準備していています。その異なったタイプのインプラントを骨の状態に合わせて、使い分けているのですプロのレーサーはサーキットの路面温度や様々な条件に合わせてタイヤを選びます。厳密に言うと、オールマイティーなインプラントという物は存在しません。

製作した石膏3Dモデル

この症例では上顎は左右の上顎洞が大きく、前方に張り出している為、後方の傾斜インプラントの埋入位置が第1大臼歯よりかなり前方になるので、左右の後方の上顎結節部にもインプラントを埋入することにしました。

シュミレーションソフトの3Dモデル
シムプラントというシュミレーションソフトでインプランントの埋入位置をプランニングし、石膏3Dモデルにドリルで穴を開け、短時間で手術が可能であることを確認しました。

製作した石膏3Dモデル
最後方の上顎結節部のインプラントは上顎洞を避けて傾斜埋入されます。

製作した石膏3Dモデル
さて、上の2個の模型は同じ患者の上顎の3D模型ですが形が少々違います。右の模型は最初に出力された模型ですが、あまりに骨が薄いので手に持って作業をしようとすると模型自体が潰れてしまいました。そこで、コンピュータ上でインプラント埋入とは関係のない口蓋部の骨を厚くするように設計を変更して再度出力しました。

製作した石膏3Dモデル
上の模型は最初に出力した模型ですが、口蓋から歯槽骨に移行する部位の厚みがあまりに薄くて穴が開いているのが分かります。

製作した石膏3Dモデル
これは上顎の模型を上から見た図ですが、オリジナルデータでは骨があまりに薄くてプリントしても薄すぎて持ち上げると簡単に崩れてしまうので、骨の厚みを加工して分厚くしてプリントしています。

製作した石膏3Dモデル
上顎模型を前方から見た図ですが、All-on-4を提唱したパウロマロによると前方部には長さ10mm以上で直径4.1mmのインプラントを使用する必要がありますが、この症例の骨は骨量が足りないので、その大きさのインプラントを埋めることは出来ません。そこで、前方部にはZIMMER-BIOMET社の3.5mmのインプラントを4本使用し、両側上顎結節部にZIMMER-BIOMET社の直径4.1mmを追加することにしました。

シュミレーションソフトの3Dモデル
これはコンピュータで設計したインプラントの埋入位置と同じ位置にオリジナル模型上でドリリングした状態です。

製作した石膏3Dモデル
上は太さ 3.5mmのインプラントが露出しないように、骨が薄い部分の歯槽骨を削除した上で同じようにドリリングした模型です。この石膏系の3Dモデルの素晴らしい点は切削感覚が本物の骨と酷似していることです。骨の内部構造まで完全に再現されていますので、どこまで削ると骨が硬くなるとか、急に柔らかくなるとか、力を入れすぎると骨折してしまうなどの手術中に起こることが、予め分かるのです。

製作した石膏3Dモデル
製作した石膏3Dモデル

製作した石膏3Dモデル
製作した石膏3Dモデル

また、模型上では上顎洞前壁の薄い骨を除去して、上顎洞前壁に沿って斜めに埋めるインプラントの位置を決めています。実際の手術では上顎洞前壁の薄い骨を除去する必要はありません。模型上でドリルを回転させる位置が分かっているからです。本来であれば上顎洞前壁の薄い骨を除去して直視下でインプラントを埋入するのですが、予めモデルサージェリーを行うことによって必要のない手術侵襲を回避することが出来るのです。

製作した石膏3Dモデル
製作した石膏3Dモデル

製作した石膏3Dモデル
製作した石膏3Dモデル

また、このように上顎洞の空洞を避けた方向でインプラントを埋入します。

製作した石膏3Dモデル
また、インプラントの先端部は鼻腔底に食い込ませ、最大限の初期固定を得るようにします。

製作した石膏3Dモデル
このように手術前になんどもドリリングをして埋入ポジションを体に叩き込みます。レーサーが試合前にコースを何度も走って最適なコースを体に覚えさせるようなものです。ドライブをするにあたって走ったことの無い道を二次元の地図を暗記することは困難ですが、実際に一度自分で道路を走れば忘れません。この3Dモデルを複数作成し、何度かモデルサージェリーを繰り返すことにより、骨が薄くて難しい症例でも確実な手術を行うことが可能になるのです。

製作した石膏3Dモデル
上は下顎の3Dモデルです。

製作した石膏3Dモデル
製作した石膏3Dモデル
製作した石膏3Dモデル
製作した石膏3Dモデル

製作した石膏3Dモデル
製作した石膏3Dモデル
製作した石膏3Dモデル
製作した石膏3Dモデル

下顎は骨量も骨質も問題ありません。しかし、下顎には下顎管があり、内部に下歯槽神経や下歯槽動静脈が走行していますので、それを避けるように後方のインプラントは斜めにインプラントを埋入します。

手術直後

パノラマレントゲン写真
上のパノラマレントゲン写真は手術直後のものです。上顎に6本、下顎に4本のインプラントを埋入しました。左上の短い傾斜インプラントは骨質が悪く骨量も十分では無かったので、インプラント本体に荷重がかかるのを防ぐ目的でマルチユニットアバットメントの底を歯槽骨頂にダイレクトに接触させています。

仮歯が装着された正面の歯写真
上下のインプラント埋入が終了し固定式の仮歯が装着された状態。

仮歯が装着された口腔内写真
上顎のインプラント埋入が終了し固定式の仮歯が装着された状態。

仮歯が装着された口腔内写真
下顎のインプラント埋入が終了し固定式の仮歯が装着された状態。

手術後半年経過

パノラマレントゲン写真
上のパノラマレントゲン写真は手術後半年経過し、治療が終了した時点のものです。上顎に6本、下顎に4本のインプラント全てがしっかりと骨と結合しています。仮の歯はチタンフレームをCADCAMで削り出したしっかりした最終補綴物に置き換えられています。

最終補綴物
最終補綴物が装着(正面)
最終補綴物が装着(口腔内)
最終補綴物が装着(口腔内)
最終補綴物が装着(正面口元)
最終補綴物が装着(横からの口元)

最終補綴物
最終補綴物が装着(正面)
最終補綴物が装着(口腔内)
最終補綴物が装着(口腔内)
最終補綴物が装着(正面口元)
最終補綴物が装着(横からの口元)

上の写真は最終補綴物が装着された状態です。補綴物はネジで固定してありますので、万が一破損などが起こった場合でも、ドライバーを使って補綴物を簡単に除去して修理することが可能です。セメントで固定してある場合は全て壊してゼロから作り直す必要がありますが、このようなネジ止めタイプであれば多くの修理は即日に完了します。また、この治療の最大の利点は無くなってしまった歯茎も人工的に作りますので、笑った表情も自然で綺麗な笑顔を作ることが可能です。

リスク・副作用、費用について

リスク・副作用

この症例に限らずAll-on-4のリスクは、骨移植をしなくても、長期の安定が得られるか?どうか?という診断と治療設計にあります。
All-on-4コンセプトを打ち出したパウロ・マロでも全ての症例でAll-on-4が可能な訳では無く、骨量が少ない症例においてはザイゴマインプラントを使用したり、骨移植を行った後にインプラントを埋入しています。骨移植を行えば感染のリスクは高くなりますし、慢性上顎洞炎のリスクが高くなります。

この症例では、上顎結節の骨が使用できましたので、上顎結節にインプラントを追加し4本のインプラントで All-on-4を行いました。All-on-4の副作用としては通常人工歯肉を用いますので、手術時に既存骨を十分に削除しないと笑顔時に補綴物の床縁の境目が見えてしまうことがあるので、事前に笑顔時に唇が何処まで上がるか確認して手術を行う必要があります。

費用

上顎330万円(税込)、下顎253万円(税込)